若田宇宙飛行士が参加する今回の打ち上げプロジェクトについて
若田光一宇宙飛行士のプロフィール
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| 1963年 | 埼玉県大宮市(現在:さいたま市)に生まれる。 | ||
| 1987年 | 九州大学工学部航空工学科卒業 | ||
| 1989年 | 日本航空(株)入社。機体構造技術を担当 | ||
| 1992年 | 国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」日本実験棟の組立て・運用に備え、NASDA(現JAXA)が募集した宇宙飛行士候補に選ばれる。 | ||
| 1996年 | スペースシャトル「エンデバー号」に日本人として初めてロボットアームの操作などを行うミッションスペシャリストとして搭乗 | ||
| 2000年 | ディスカバリー号に搭乗し、日本人として初めてISS建設に参加。 |
日本人ではじめて、宇宙空間に長期間滞在します
今回のフライトのミッションは、国際宇宙ステーション(ISS)の組立で、最後の基幹部品(トラス)を取り付ける予定です。ISSの組立作業は、ロシアのロケットでの打上げを含めると32回目となります。このミッションで取り付けるトラスには、太陽光パネルが収納されており、その電力によって、これまで3名だけが滞在可能だったクルーが5月以降、6名まで増える予定です。
このプロジェクトで、若田宇宙飛行士は日本人として初めて、ISSに長期滞在することになります。
若田宇宙飛行士のプロジェクト
1992年に毛利衛宇宙飛行士が日本人として初めてスペースシャトルに搭乗して以来、6名の日本人が宇宙に飛び立ってきました。また、現在も2名の宇宙飛行士が宇宙へ飛び立つための準備を行っています。
今回宇宙に飛び立つ若田宇宙飛行士は、これまでにも2度の打ち上げプロジェクトに参加していますが、このプロジェクトでは、宇宙ステーションの組立ミッションに携わり、長期滞在クルーのエンジニアとして、科学実験などを行う予定です。
また5月に行われる次の打ち上げで運ばれてくる日本が建設中の実験棟「きぼう」の追加設備をISSに取り付け、完成させます。宇宙での滞在期間は、約3か月半にも及び、地球に帰還するのは5月下旬頃になる見通しです。
「きぼう」日本実験棟とは…
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「きぼう」日本実験棟は、日本が開発を担当する実験施設です。宇宙飛行士が長期間活動できる、日本では初めての有人施設で、最大4名まで搭乗できます。最初の構成要素は、2008年3月に打上げられ、国際宇宙ステーション(ISS)に取り付けられました。 |
若田宇宙飛行士が滞在する国際宇宙ステーション(ISS)について
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国際宇宙ステーション(ISS)とは…
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若田宇宙飛行士が搭乗するスペースシャトル「ディスカバリー号」とは
現存するスペースシャトル3機
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スペースシャトル「ディスカバリー号」の概要
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宇宙探査の歴史を振り返ろう!
第3弾「宇宙探査の歴史」では、人類初の人工衛星の打ち上げから、冷戦時代の宇宙開発戦争、そして世界中の国々が協力して進める国際宇宙ステーション計画など、宇宙開発の歴史をご紹介します。人類の宇宙への旅はどのように始まり、そしてどこへ向かっていくのか。
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