イエメンがあるアラビア半島南西部は、かつて古代国家が栄え、アジアやアフリカから地中海へとつながる交易の中心であった。数千年前から、ラクダの隊商が大量の乳香をギリシャやローマヘ毎年のように運んでいたという。旧約聖書に語られるシバ王国の首都であったとも言われるマーリブは香の町として名高かった。マーリブの近くには巨大なダムの遺跡も見つかっており、数千ヘクタールに及ぶ農地に灌漑が行われていたと想像されている。現在は、新しいダムと石油産業がマーリブを支えている。高地の火山性の土壌では穀物が収穫される。11世紀頃にコーヒーを飲料とする方法がイエメンで開発され、しだいに各地に広まっていった。コーヒー種のモカの名は、コーヒー豆の積出港として栄えた紅海岸の港町モカから来ている。この地のコーヒー園の大半はその後、いまも現地で興奮剤として葉を噛んで使用されるカートの畑に変わっていった。
1500年代以降、オスマン帝国によって支配される時期が何度かあった。1839年からアデン港と周辺沿岸部がイギリスの統制下におかれた。アデンは、1869年にスエズ運河が開通すると急速に発展する。1904年、オスマンとイギリスは境界線を定めて領土を分割し、それぞれ北イエメンと、アデンを含む南イエメンを領有した。
1918年のオスマン帝国崩壊後、北イエメンは部族イマーム(イスラム教指導者)を国王とするイエメン王国となる。1962年に軍事クーデターによりイエメン・アラブ共和国が成立するが、追放された国王派との間でその後も8年におよぶ内戦が続いた。南イエメンは2年間の社会主義勢力によるゲリラ戦の末、1967年にイギリスを撤退させて独立し、1970年にはイエメン民主人民共和国となった。ソ連寄りの南イエメンと西側寄りの北イエメンとの間では、イデオロギーの違いから1972年と1979年に紛争が起こった。
1990年5月、ソ連および東欧諸国の変革に影響され、同じ古代文明に発する絆で結ばれた2つの国はようやく統一されるが、数ヶ月で旧南北勢力の対立が明らかとなり、1994年には数週間の内戦に発展した。イエメンの原油埋蔵量は多くはないながら歳入の大半を占めているが、依然として中東の最貧国である。
経済主要産業: 原油, 石精油, 綿花繊維, 皮製品
主要農業: 穀物, 果実, 野菜, 豆類; 酪農製品; 魚
主要輸出: 原油, コーヒー, 魚介類