「勝利の街」
エジプトの首都であり、中東においてもアフリカにおいても最大の都市であるカイロは、肥沃なナイル・デルタの要の位置にあり、6000年ほど前から定住者がいたとされている。しかし、近代までつながる都市としての歴史は、チュニジアのイスラム教徒(ファーティマ朝)が侵入し、この地を占領した西暦969年に始まる。その際に建設された城市が「ミスル・アル・カーヒラ」(「勝利の街」を意味する)と名付けられ、このカーヒラをヨーロッパ風に発音したのがカイロであり、もとは軍営都市を意味したミスルが現地ではこの街を表す言葉として使われるようになり、ひいてはアラビア語でエジプトを意味することにもなった。19世紀のスエズ運河開通により、ヨーロッパ、アジア、アフリカとの貿易の拠点となったことでカイロの重要性は高まり、大きく発展した。国の経済の柱は農業であるが、鉱業や産業、貿易、金融、観光も財源となっており、政情不安で観光業に影が差したこともあったが、現在はおおむね回復している。ここ数十年でカイロの人口は大幅に増加し、住宅が不足している。年間35万人以上が出生し、人口の半数近くは19歳以下である。しかし、カイロがその規模、伝統、教育、文化において優れた都市であることには変わりはない。
経済観光, 加工食品, アパレル, 薬品, 嗜好品, プラスチック, 皮製品, 建築, 不動産, 金融