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「失われた古代マヤ文明の調査のために来た」。考古学者ジョエル・パルカ氏がそう語りかけると、グアテマラ北部の熱帯雨林に住む地元の人たちは大笑いした。「“古代”のマヤ人だって?彼らはつい最近、1920年代までこの地域にいたよ」。
パルカ氏が最初にこの地を訪れた1990年代初頭、征服を逃れたマヤ人に関する考古学的調査はほとんど行われていなかった。彼らは謎に満ちた民族で、スペイン人が1511年に最初にユカタン半島に到着した後、メキシコ南部からグアテマラに広がる熱帯雨林の奥深くへと隠れてしまっていた。
2006年、シカゴにあるイリノイ大学に勤めるパルカ氏は、マヤ文化保護団体「ザンビル(Xanvil)」代表のファビオラ・サンチェス・バルデラス氏を伴い再び熱帯雨林に分け入った。古代マヤ遺跡の地図作成に向けた測量を行い、メキシコ南部のチアパス州にあるメンサバク湖の聖なる岩絵や洞窟神殿の調査を行うためだ。
そして、マヤ民族の一部族であるラカンドン人の古代住居跡を発見した。パルカ氏によると、ラカンドン族は考古学者に見落とされ研究対象になっていなかったという。征服を逃れたマヤ民族の子孫がいまでもここに暮らしている。メンサバクの現在の住人は現代マヤ人で、一部の先祖とは異なり外部社会との接触も行っている。
アメリカ、ニューメキシコ州立大学の考古学者ラーニー・アレキサンダー氏は、「マヤ考古学はその大部分が、1000年以上昔のマヤ文明古典期の墓地や神殿など神々しい“掘り出し物”の調査に集中していた。それに対し、パルカ氏の調査プロジェクトは、自らの道を歩んだラカンドン族が16世紀から現在に至るまでどのような文化変容を経験したのかをたどっており、ほかに例を見ないものだ」と話す。
パルカ氏とサンチェス・バルデラス氏は、2006年にメンサバク湖で発見した古代の遺跡や神殿について、紀元600~800年のマヤ文明古典期と紀元1525~1950年の征服以後の時代に属するものと推測している。
グアテマラに1920年代まで残っていたマヤ人は征服後も同化を拒絶していたが、1920年代以降、その一部は新しい生活様式を受け入れていった。しかし、ラカンドン族などは国境を越えチアパス州に入り、伝統を守り続けた。
ラカンドン族の住むメンサバク湖周辺は人里離れた場所で、熱帯雨林がうっそうと生い茂っている。チアパス州にはパレンケやヤシュチランなど有名なマヤ文明古典期の遺跡があるが、メンサバク湖はそのような遺跡にある踏みならされた道からも遠く離れている。
それにもかかわらず、発見された人為的な土塁や石版で作られた台座などは非常に保存状態が良かった。パルカ氏は「ラカンドン族は伝統を失っておらず、石器使用や頭蓋変形(とうがいへんけい)など、接触以前のマヤ文化が現在でも守り続けられている」と話す。
弓矢を銃に持ち替えるマヤ部族が多い中、メンサバク湖周辺に住むラカンドン族は20世紀に至るまで伝統的な武器を使い続けていたという。
パルカ氏の研究は、ナショナル ジオグラフィック協会の研究・探検委員会の一部支援の下で行われている。
パルカ氏の研究方法は一風変わったところがあり、通常通り、スペイン語の文書に依拠して湖周辺の古代遺跡の存在を確認するが、それと同時に、地形図を片手に「Google Earth」でその場所を探す。また、地元社会と密接な協力関係を築いて作業を進めるのも特徴的だ。ラカンドン族を発掘作業に参加させ、その間に彼らの語る歴史や発掘物の解釈を記録していく。
共同研究者のサンチェス・バルデラス氏は、「若い人たちは心を開いて作業に協力してくれる。彼らも自分たちの歴史を知りたがっているのだ。いにしえから伝わるラカンドン族の“宇宙観”を知る者は少なくなっており、アイデンティティーの強化という点でも研究調査が重要な役割を担っている」と話す。
ニューメキシコ州立大学のアレキサンダー氏は、「パルカ氏とサンチェス・バルデラス氏の作業は、地元社会の独自の文化をグローバル化の波から守ることにもつながるだろう」と話す。
現在、ラカンドン族は文化センターを建設中だ。パルカ氏は、それが考古学的・環境学的情報の拠点となり、観光客を引き付け地元住民の収入を生み出す目玉となることを願っている。
Photograph by Joel Palka.









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