「ノアの箱舟」伝説のきっかけとなる大洪水は、聖書に描かれているほど大規模なものではなかったという研究結果が公表された。
一部の研究者の間では大洪水が実際に起こったと考えられている。気候が温暖化した約9400年前、当時まだ淡水湖であった黒海に地中海の海水が大量に流れ込んだ。黒海の水位は急上昇し、地中海とひとつながりになったというシナリオだ。
このとき黒海の水位が60メートルも上昇したために、周囲の村々が水没し、「ノアの洪水」など、水の氾濫に関するさまざまな民間伝承が生み出されたのではないかというのが従来の説であった。
ところが今回、黒海の海底から採取した比較的状態の良い化石を重点的に調査したところ、黒海の水位上昇が10メートルほどであったことを示唆する結果が得られた。
今回調査を行ったのは、アメリカのマサチューセッツ州にあるウッズホール海洋研究所の海洋地質学者リビウ・ジオサン氏が率いる調査チーム。原始的な軟体動物の化石を放射性炭素で年代測定したが、大規模な洪水を示す証拠は得られなかったという。
この化石は、ドナウ川の河口に近い黒海の海底で採取した堆積物の中から発見された。ジオサン氏によれば、この化石に含まれる軟体動物の外殻は「損傷がなく、別の場所から運ばれてきた形跡もない」という。「つまり、採取した堆積物の年代とこの化石は完全に一致していることが分かる。約9400年前の水位上昇がどの程度であったかを特定することが可能だ」。
堆積物の分析結果は、黒海の水位上昇は5~10メートル程度だった可能性が高いことを示している。この結果は、コロンビア大学の地質学者ウィリアム・ライアン氏が13年前に発表した50~60メートル説と大きく食い違う。
ライアン氏ら研究グループが1993年に行った調査では、黒海の水深120メートル付近の海底で、かつての海岸線や海岸砂丘の痕跡が発見された。研究グループの推測は、地中海から押し寄せた海水や、地中海と黒海の間に位置するマルマラ海の海水によって岩石が激しく浸食され、現在のボスフォラス海峡(トルコを東西に分け、マルマラ海と黒海とをつなぐ)が形成されたとき、黒海周辺に海水が氾濫したというものだった。
ライアン氏は、海水の氾濫が起こる以前から黒海周辺には至るところに農耕民族の集落があったのではないかと考えた。同氏は、海水の氾濫でおよそ10万平方キロメートルの陸地が水没したと推測し、土地を失った農耕民族はやむなく集団で西への移動を迫られたというのだ。当時ヨーロッパで農業が急速に発達した事実ともつじつまが合う。
だが、ジオサン氏が行った新たな調査では、海水の氾濫はそれほど大規模なものではなく、水没した陸地はせいぜい2000平方キロメートルにすぎないという結果が得られた。この研究成果の詳細は「Quaternary Science Reviews」誌1月号に掲載されている。
ジオサン氏によるとその根拠は、海水が氾濫する以前の黒海の水位がライアン氏の推定よりもはるかに高かったことにある。それが事実とすると、当時まだ陸地であった黒海の大陸棚部分に、ボスフォラス海峡を経由して流入した地中海の海水量はずっと少ないことになる。堆積物に埋もれていた化石の年代測定を見るかぎり、海水が氾濫する以前の黒海の水位は、現在よりも30メートルほどしか低くなかったという可能性は十分にある。
イギリスのサウサンプトン大学で古環境の研究を行っているトニー・ブラウン氏は、今回発表されたジオサン氏らの調査結果を全面的に支持している。「この調査結果は、ライアン氏の仮説に対する決定的な反証になるのではないか。私としては、大洪水が実際に起こったという説や、洪水がきっかけとなってヨーロッパに農業が広まったという見当違いな説が覆されることを期待している」とブラウン氏は話している。
Photograph by Melik Baghdasaryan/AP/Photolur









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