15年近く前に“中国の洞窟で発掘された化石が未知の初期人類の存在を裏付ける”と発表した人類学者ラッセル・ショホーン氏が、新たに自らの考えを覆す新説を明らかにした。同氏によると、この洞窟で発見されたアゴの一部の化石は、結局のところ“未知の類人猿”のものであるという。当初の“未知の初期人類”説も人類の系統図を揺るがすものとしてかつて大論争を引き起こしたが、同じ人類学者による新説が再び、議論の的となっている。
問題の化石は1980年代に、中国南部中央の竜骨坡(Longgupo)という洞窟で発見された。「このアゴの化石は非常に分類が難しく、アジアにいたとされる初期人類の祖先ヒト族(ホミニン)のどの種にも一致しない。といって、既知の類人猿のどの分類とも一致しないのだ」とショホーン氏は語る。
同氏らの研究チームは、この化石を190万年前のアジアにいた未知のヒト科(ホミニド)の化石であると結論づけている。人類と同系統の絶滅した祖先を指すヒト族(ホミニン)に対し、ヒト科(ホミニド)は人類と全類人猿をまとめて呼ぶ場合に用いる言葉である。そして190万年前といえば、初期人類がアジアに到着したと一般に考えられている時期より100万年ほど前にあたる。
同氏らのチームが1995年に発表した説では、この化石をアフリカからアジアに移住したホモ・エレクトスよりもさらに原始的な初期のヒト族(ホミニン)のものとしていた。このときの説では、ホモ・エレクトスの系統がアジアで独自に進化したのではないかと示唆されていた。
だが同氏はその後、年月を経て新たな証拠をつかみ、問題の化石について再考することになったという。
事の発端は2000年と2001年、竜骨坡の化石のアゴに残されている歯について、ルーフォンピテクス(Lufengpithecus)というさらに古い絶滅した類人猿に非常によく似ているとする研究が示されたことだった。ルーフォンピテクスは、オランウータンの祖先であるとされている。
ショホーン氏はこれを受けて2005年、中国南部の南寧市にある広西民族博物館で、更新世(約180万~1万1500年前)の霊長類のものとされている大量の歯を対象とした調査を実施した。
対象となった歯は、十分に裏付けがとられている洞窟から発見されたものであったが、中には種類が特定されていないものもあった。そしてその歯が、竜骨坡の化石のアゴに残されたものと非常によく似ていることがわかり、同氏は考えを改めたという。
「より確実な証拠が突然目の前に現れたら、誰だって考えを変えるだろう」と、同氏は18日発行の「Nature」誌で経緯を述べている。
アメリカのワシントンD.C.にあるスミソニアン博物館で“人類の起源プログラム”を率いる考古学者のリチャード・ポッツ氏は、この件について次のように指摘する。「今回のケースで結論を覆す資格のある研究者といえば、やはりラッセル・ショホーン氏本人だろう。彼はこの時期の霊長類の分離した歯の化石を誰よりも多く見ているはずだ」。
しかし、そのショホーン氏をもってしても、この分類不明な類人猿がどの種に近いのかははっきりしていない。
広西民族博物館では中
ショホーン氏の新説は、最新の解剖学的分析手法を主な根拠としている。ただ、この謎の類人猿の歯の化石は、かつて大規模な亜熱帯林であった場所から見つかっており、同じ洞窟の中には森をすみかとする動物の化石も眠っていた。
そのため同氏は次のような仮説を展開している。「ヒト属(ホモ)の化石が確認されているアフリカの発掘地からは、初期人類が当時、草原やサバンナ周辺に暮らしていたことが明らかになっている。アフリカでそうした開けた土地に住んでいた彼らが、アジアの亜熱帯林に移り住むとは考えにくい。初期人類はアジアの亜熱帯林には住めなかった、あるいは住もうとしなかったのかもしれない」。
一方、スミソニアン博物館のポッツ氏は、この点について次のように述べている。「先史時代における環境はダイナミックで変化に富んでいた。更新世のアジアでは一般に、さまざまな環境が入り混じっていたと考えられる。したがって環境を分類の根拠にすべきではないだろう」。
Photograph by Michael Nichols

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