海の肉食獣といえば何が思い出されるだろうか。マッコウクジラの威厳ある姿か、はたまたシャチのような頭脳派プレーヤーか。戦闘機にも似たホホジロザメの流線型の体を思い浮かべる人もいるだろうし、ダイオウイカやヒョウアザラシのように危険で謎めいた印象もあるだろう。ミナミゾウアザラシ(Mirounga Leonine)にはこうしたすごみのあるイメージが欠けている。名前の由来にもなった50センチ近くまで伸びる鼻、車ほどもある丸々とした体つきなどを見ていると、いったいどうしてあんな体形になったのかと問わずにはいられない。
陸にいるときの彼らは浜辺でごろごろするばかりのように見えるし、外見で判断する限りでは海獣失格といわれても仕方がないだろう。だが、ほかの海洋生物と同様に、このアザラシも海中でこそ真価を発揮する。もちろんスーパーモデルに変身するというわけにはいかないが、ぶよぶよの体のままでもスーパーヒーローといえるような離れ業ができるのだ。ミナミゾウアザラシの生態には驚きの真実が隠されている。
南アメリカ大陸の南端にあるフエゴ諸島からまっすぐ東にたどり、フォークランド諸島からさらに先へ1500キロほど向かうと、サウス・ジョージア島が見えてくる。南極大陸を取り囲む南極海にぎざぎざに突き出した、長さ160キロにわたる氷に覆われた島だ。人間がここへたどり着くには、強風で恐ろしく揺れるボートに乗って5日間も突き進んで行かなくてはならない。ところが、ミナミゾウアザラシにとってこの島は理想的な集会場だ。彼らは一生の8割を海での狩りに費やすが、繁殖期を迎えるとこの島に続々と集まってくる。多い時には40万頭ものアザラシが岸辺を埋め尽くす。