カナダの大西洋側にニューファンドランドという名の島がある。この島の沖合はタラの延縄(はえなわ)漁で知られてきた。のれんのように垂らした釣り針付きの縄にかかったタラを、船を使って回収する。漁師の手作業で引き上げられたタラは緑と白のつややかな身を躍らせる。
ここでバウチャー家がタラ漁で生計を立て始めたのは何世代も前のことで、当時を覚えている者は誰もいない。だが、この稼業がどのように終わりを迎えるのかは明らかだ。レイ・バウチャーはいままさにそのときを迎えている。
レイ・バウチャーは自前の船を売り払おうとしている。首尾よく売れれば、代々続いた漁師の生活もこれで終わりだ。父から息子へ伝えられてきた技の数々――水面から海中の深みや岩礁を見極め、魚の居場所をつかむ――そんな漁のコツが伝承されていくことももうなくなる。バウチャーは45歳、漁師をやめることは州都セント・ジョンズの大学に息子を入れたときから決めていた。息子は大学で自動車工学を学んでいる。
彼がいまも漁に出るのは、売りに出されている船が多すぎて自分の船が売れないからだ。かつて漁業で栄えたこの土地では、小規模な漁をしていた漁師たちが続々と廃業し、使われなくなった小型船が売り場にあふれている。バウチャーの船はグラスファイバー製で全長11メートル、2003年に新品で買ったものだが、まともな買い手は現れていない。この船はバウチャーが10代で漁師を始めたときから、手にすることを夢見ていたものだ。「水漏れしない、しっかりとした新品の船がずっと欲しかった。そのために貧乏な暮らしにも耐えてきたんだ」。ようやく船を手に入れてからわずか数カ月後、カナダ政府はタラ漁の全面的な一時禁止を宣言した。10年間で2度目の乱獲による漁場閉鎖。翌年には再び解禁されたものの、厳しい漁獲制限が言い渡された。バウチャーは“Awaited Dream(待ち望んでいた夢)”と名付けた船で、漁師生活を続けることをついにあきらめた。
霧雨の降る冷たい朝、漁師にとっては良い天候だ。時刻は早朝午前3時。2006年のタラ漁シーズンが幕を開ける。バウチャーは家を出て重い足取りで小道を行く。まだ暗い小道は地元の人々が港町と呼ぶラ・ポアル村を貫いている。だが、ラ・ポアル村に自動車が乗り入れたことは一度もない。ここへ通じている車道がないためだ。人々が移住し始めた19世紀以来、この村との行き来はすべて船で行われてきた。
この土地の経済活動は漁業以外には何もない。小さな木造の家々が突き出した花崗岩の上に層をなし、護岸工事が施された港はラ・ポアル湾に向かって開けている。ラ・ポアル湾はフィヨルドのごとく内陸へ16キロも入り組んだ絶景の場所でもある。村は平和でのどかな空気に包まれているが、その未来は暗い。漁で暮らせなくなった若者たちは皆ここを出て行かざるを得ない。「小学校を見れば村の行く末が分かるよ」と話す住民に何人も出会った。1世代前の小学校の児童数は80人、それが前年度にはたった8人に減少している。