Douglas H. Chadwick
Photograph by Flip Nicklin
――ワシントン州(アメリカ)のサン・フアン島とブリティッシュ・コロンビア州(カナダ)のバンクーバー島に挟まれたヘアロー海峡。6月初旬、その日は朝から南西からの波が低くうねり、一帯に霧が立ち込めていたが、昼までには波はおさまり青空が広がった――
越冬していたシャチの群れがこの日、ようやくヘアロー海峡に戻ってきた。研究員のデイブ・エリフリットはさっそく小型のボートに飛び乗って海へ向かった。シャチには群れごとにアルファベットの識別名が付けてあるのだが、今回戻ってきたのは「K」と「L」の2つの群れ(ポッド)だった。エリフリットは、シャチを1頭ずつ確認しながら、その姿を写真に収めていった。
「おっ、L88だ(カシャ)。L73は元気そうだな(カシャ)。L82(カシャ)、L55もいる(カシャ、カシャ)。おかしいな、L55はもう子供が生まれていてもおかしくないのだけど。待てよ、L55の横にいるのは子供じゃないか。やっぱりそうだ。無事生まれたのだ。L25、L21、L83、L86、みんな元気そうだ。でもL3の姿が見えないな。仲間はみんな戻ってきているところを見ると、どうやら死んでしまったようだ。母親を失くしたL74は元気かな(カシャ)」。
一息ついている間に、近くでシャチウォッチングをしていた観光船に無線で連絡を取った。誕生したばかりのシャチの子供がいたことを伝えると、その知らせはそのほかの観光船や岸辺にいた人々へと瞬く間に広まった。
エリフリットが所属するサン・フアン島の鯨類研究所所長ケン・バルコムはちょうどそのとき所用があって街へ出かけていたが、街の買い物客や店員たちがシャチ誕生の知らせを持って彼のところへ駆けつけてくれたという。
エリフリットらは海上でボートのエンジンを止め、長時間潜水していたLポッドのシャチが再び浮上してくるのを待った。やがて彼らは辺り一帯に姿を現した。はるか向こうで、1頭のシャチが海面上に飛び上がる。エリフリットには一目でL53だと分かった。L53はいつも先頭を切って「空中技」を披露する。ほかのシャチもタイミングを見計らったように、次々とブリーチング(跳躍すること)やサイドロール(体をひねりながら跳躍すること)、ロブテーリング(尾ビレを空中に持ち上げ、海面にたたきつけること)、スラッピング(胸ビレを海面にたたきつけること)を始めた。