太平洋の水深2500メートルの大陸縁辺部で、血のように赤いチューブワームの間で、幽霊のように青白いカニと魚がエサを探している。超高温の熱水が海底温泉から湧き出す場所で、このような生物群が生息している。科学者が深海の生態系の調査に使用する機器が進歩したため、こうした生物とその過酷な環境について解明が進んでいる。
地球内部のマグマで熱せられた400度の熱水が、海底の煙突状の穴から波のように噴き出している。周囲の海水の温度は氷点より数度高いだけだ。この2種類の水が混じると、硫化鉄を含む黒煙状の噴出である「ブラックスモーカー」となる。暗く深い深海では、噴出される熱と化学エネルギーによる化学合成が、この熱水噴出孔周辺に生きる生物の生命維持のメカニズムになっているのだ。
熱水噴出孔と泥火山
地球上の海洋プレートが中央海嶺に沿って分断されると、そこから溶岩が吹き出し、冷えるにつれて新しく亀裂が生じる。そして、海水が数キロの深さまで浸透し、マグマに近い部分が熱せられると海水が膨張し急激に気化する。周辺の岩盤から浸透したミネラル分を豊富に含む海水が海底から間欠泉として噴出し、または水温が低い場合、穏やかに水がわき出る。これが熱水噴出孔である。
また、溶岩ではなくガス状の泥が噴出するのが泥火山だ。マントル深部の熱によって何キロも広がる堆積物が溶けて上に押し上げられ、液体とガスになって水柱となる。発生したメタンガスは、高圧で低温という環境下で安定した固体のメタンハイドレードに変わり、温かいケーキの上に凍った糖衣を飾ったように火山周囲の海底を広く覆う。
明らかになってきた未知の生物の姿
表面にカサガイ類がびっしりついたチューブワームの周りの生物の群れ。高解像度画面の右端に写っているのはイガイの群れだ(写真)。別のカメラの拡大レンズがとらえた映像により、雲のように見える群れは、端脚類と呼ばれる甲殻類に近いトビムシだと分かった。この生物のような端脚類は東太平洋海膨の北緯9度付近の熱水噴出孔近くで見られ、地球上の無脊椎動物で最も密集して生息している。
高輝度照明と高解度画像技術により、研究者は顕微鏡を使用するのと同じくらい詳しく深海の生物を調査できるようになった。熱水噴出孔付近に群生していた生物はこれまで謎に包まれていたが、これらのツールによって少しずつその生態が明らかになってきたのだ。
ウッズホール海洋生物研究所の海洋生態学者ティモシー・シャンク氏は、熱水噴出孔付近で見つかったこれまで知られていなかった一連の種を「驚くべき発見」と呼ぶ。彼の計算によると、生物学者がガラパゴス海嶺の熱水噴出孔を1979年に初めて調査して以来、平均して約10日ごとに新種の生物が見つかっている。「調査を始めてから20年以上たったが、これまで見つかった種は氷山の一角にすぎない。われわれは熱水噴出孔付近の生物群の関係を解明しようとしており、その調査の過程で次々と新種の生物が発見されている」と彼は言う。
北極のオアシスの調査
風速20メートルを超える風が吹き、高さ6メートルの波がうねる嵐が次々と襲いかかる北極海では、潜水艇の出発と回収はたいへん過酷な作業だ。厳しい環境をものともせず、ロシアやドイツ、ノルウェー、米国海軍研究試験所(NRL)の研究者は、ロシアの2隻の深海探査艇ミールに乗り込み、水深1250メートルのホーコン・モスビー泥火山を調査した。
「この調査団は“化学合成のオアシス”を発見した」とNRLの地球物理学者ピーター・ヴォグト氏は言う。そこには、小さなワームや無数のゲンゲ類の魚、そして海底に生息する未知の生物がいる。さらに、このチームは火山周囲の海底の多くを覆う凍ったメタンハイドレードの上にマット状に広がる白いバクテリアも発見した。一部の気候変動モデルの予測通り、「北極海の水温が数度上昇すれば、大量のメタンが水柱となって発生し、さらに大気中に放出される可能性がある」とニューヨーク市立大学の地質学者キャシー・クレーン氏は言う。メタンは二酸化炭素の10倍以上の温室効果があると彼女は述べ、気候に深刻な影響を及ぼすことになるだろうとも指摘している。
未知の生物たちの生き残りの戦略
深海の生物は、それぞれ過酷な環境で生き残るためにさまざまな方策を講じている。熱水噴出孔付近に生息する一部の生物は装甲した体と革のように硬い管を持っており、外敵の攻撃から身を守っている。スパゲッティワームは球状組織が連なった体で、腹部は柔らかく無防備だが、その代わり彼らは驚異的な繁殖力で子孫を生み続ける。
噴出孔付近には生物が密集しているため、深海の肉食動物が集まってくる。柔らかい体を持った八腕形目(マダコ科を中心とした軟体動物の総称)は、強力なクチバシで海底に住む甲殻類やワームなどの獲物をむさぼる。
特に大きな噴出孔の近くでは付近の水温は急激に変動する。そうした変化にすぐに対応できない生物はここでは生きていけない。地球上で最も熱に強い生物はポンペイワームだろう。このワームは、群れ全体がブラックスモーカーのすぐそば、噴出孔の煮えたぎる海水が噴き出す中に生息している。デラウェア大学の海洋生物学者クレーグ・ケアリー氏が集めたデータから、この環形動物が生息する海水の温度は65度で、75度をはるかに超えてもしばしば生存していることが明らかになった。従来、多細胞生物は温度が54度を超えると生存できないと考えられていたが、こういった環形動物はそのような環境でも当たり前のように生きているとケアリーは見ている。
環形動物の平均的な大きさは直径1.25センチ、長さ約7.6センチで、地球上で最も寒暖差に強い。水温が60度の地域でも発見された例があり、その生物の体の一端だけが高温にさらされていた。ブラックスモーカーから噴き出す超高温の熱水は周囲の冷たい海水と十分に混合しないので、その温度差は極端である。「生物学の教科書では、生物は好熱性か嫌熱性かのどちらかで、両方とも好むものは存在しない」とケアリー氏は言い、「環形生物は教科書に書いてある定説が通用しない例だ」と続けた。
これほど極端な環境で環形動物がどのように生き延びているか、まだ明らかではない。その習性か、細胞生物学上の何か特殊な仕組みか、もしくはその両方にカギがあるのだろう。
生と死のダイナミクス
最新鋭の機器を使った深海調査は、東太平洋海膨と大西洋中央海嶺のわずか数カ所で詳細に行われただけで、7万5000キロにわたって地球を取り巻いている大西洋中央海嶺の大半は、いまだに手つかずである。しかし、海嶺から離れた場所で行われた深海の泥火山の調査により、熱水噴出孔付近で見られるのと同様の珍しい生物群が発見された。
カリフォルニア沖で、かつて35トンもあったコククジラの骨に生物が群がっている。この骨は、コククジラが死んだ後、腐食性動物がクジラの肉や皮をあらかた食べ終わった残骸である。クジラが死ぬと、熱水噴出孔付近の生物が生きるために必要としている硫化物が豊富に含まれる微小生息域が形成される。ハワイ大学の海洋生物学者クレーグ・スミス氏が調べたところ、1600キロ離れた噴出孔に生息していた二枚貝、カサガイ、イガイを含め約400種がそのような生物の死骸にコロニーを形成していた。彼は、噴出孔のない海域を漂流する幼生がクジラの死骸に住みつき、そこを足場として成長して子孫を残し、遠く離れた海嶺に最終的に分散すると見ている。
ところが反対に、活動中の噴出孔に住みつくことはまず考えられないオオシャコガイが、北緯9度の熱水噴出孔の近くで大繁殖しているのが確認された。約10年にわたる観察によると、ここでは熱水の噴出活動が間もなく終息すると予想される。というのも、噴出孔の活動期間は短く、噴出孔の元となる火山の炎もやがて冷める。硫化物を含む熱水の噴出する勢いが衰え、止まれば、それまでそこに住んでいた生物が絶え、奇妙な形の溶岩だけが残る。オオシャコガイの繁殖はその前兆であると考えられるのだ。
これまで20年間、科学者たちは熱水噴出孔付近の豊かな生物群の調査と分類を行ってきた。彼らはこれからの20年で、発見した生物の詳しい生態を解明したいと考えている。また、生命体の化学合成の起点を探ることで、地球の生物の起源を解明する手がかりが得られるかもしれないのである。












